昨日の続きです。


10月31日、日銀は、金融政策決定会合で、追加の金融緩和策を決定した。その内容は、マネタリーベースの増加ペースを現在の年間60~70兆円から、10~20兆円増やし、年間約80兆円に拡大。それに伴い、長期国債の買い入れ額を約30兆円増やして年間約80兆円とし、更に、平均残存期間も最大3年程度延長し、7年~10年程度へと変更。そしてさらにETFとJ-REIT(不動産投資信託)についても、買い入れペースを3倍に上げ、それぞれ年間約3兆円、約900億円買い入れるというもの。

今回の追加緩和策については、市場は予測しておらず、「サプライズ緩和」となったのだけれど、日経平均は一時、870円超も値上がりし、終値は7年ぶりの高値で引けた。

当然、円もこれを受けて急落。31日の東京外国為替市場での円相場はおよそ6年10ヶ月ぶりの円安ドル高となる1ドル=111円台まで値下がり。週末のニューヨーク外国為替市場でも一時1ドル=112円台をつけたことから、当面は円安基調が定着するとの見方が出ている。

今回、なぜ市場が日銀の追加緩和を予測できなかったかというと、日銀が一言も漏らさなかったから。10月上旬まで日銀の黒田総裁は、追加緩和の必要性を否定し、国会でも2年で2%の物価上昇目標への道筋は順調としていた。機関投資家や「日銀ウオッチャー」のエコノミスト達はこれにすっかり騙された。

日銀からの説明会の場では、機関投資家やエコノミストから「直前までのアナウンスと全然違う」、「債券市場を壊す気か」、「黒田さんの言葉を信じていたのに、恥をかかされた」と恨み節で溢れたそうだ。

今回の緩和についてイギリスのフィナンシャルタイムス紙は、ほとんど全面的なサプライズとし、市場を驚かせることで、円を懲らしめ、コストをはるかに上回る成果を得たと評価している。

今回の金融緩和で筆者が面白いと思うのは、サプライズもさることながら、そのタイミング。実は、日銀の金融緩和発表のわずか2日前の29日、アメリカのFRBが量的緩和を停止している。これで市中の資金量が減るかと思えば、今度は日銀が供給を増やした。金融緩和のバトンというものがあるとすれば、そのバトンは、FRBから日銀が受け取った形になる。

量的緩和は、世界中の国が我も我もとやってしまったら、通貨安競争になって風当たりが強くなることがある。去年の2月、麻生財務相は衆議院予算委員会で、アベノミクスによる円安について「通貨安競争を目的としてやっているわけではない」答弁している。量的緩和をすると、そういう声はどこからともなく聞こえてくるもの。

だけど、今回の日銀は、FRBが量的緩和を止めた瞬間に緩和を発表した。FRBが空けた"量的緩和の椅子"にすかさず日銀が座ることで、風当たりを避けるポジションをまんまと手に入れた。狙っていたのかどうか分からないけれど、うまいものだな、と思う。

量的緩和が期待する効果は、いわゆる「期待インフレ」。市場に将来インフレになりそうだと予想させることによって「実質金利」を下げ、企業の設備投資や消費を刺激して景気拡大を狙う政策。インフレ化では、預金していても段々目減りするだけだから、それよりは、投資したり消費したりしたほうがよい、という理屈。

だけどこれは、投資したり、消費したりする"余裕"のある人には効果があるけれど、そうでない人には、あまり関係がない。何より日本の一般庶民は株や債券にあまり投資しない。確か、麻生財務相が総理時代、株式投資について「やっぱり株をやっているって、田舎で言ったら何となく怪しいよ。『あの人、貯金している。でも、あの人、株やってる』って言ったら、何となく眉にツバつけて見られるところがあるでしょうが。」と述べていたと記憶しているけれど、今もあまり変わってないだろうと思う。

投資顧問会社・コンテクスチュアル・インベストメンツLLCの広瀬隆雄氏は、アメリカでは、世帯の46.3%にあたる5670万世帯が投信を保有していて、その金額も1132万円(中央値)にも及ぶこと、更に確定拠出型年金の資産のうち60%が投信で構成されていることから、株式市場の上昇が即消費につながるのに対して、日本はそうではないのではないか、と疑問を投げかけている。

確かに株を持ってなければ、どれだけ株高になっても何にも変わらない。それに企業側とて円安になればみんな万々歳かといえばそうとも限らない。

東京商工会議所が今年2月に会員企業を中心とした中小企業等3492社を対象に行ったアンケートによると、およそ半数にあたる49.1%の企業が「円安によるデメリットのほうが大きい」と答え、更に、輸出を行っている企業でも「メリットのほうが大きい」と答えた 企業は約3分の1(36.4%)しかない。その理由は、海外の景気が低迷していて需要が伸びず、輸出額を増やせていないという状況だという。

まぁ、それから半年以上経った今では、多少違っているのかもしれないけれど、海外にしろ、国内にしろ、結局需要が伸びなければ駄目であることは論を待たない。

だけど、今、その需要の足を引っ張っている存在がいる。いうまでもなく消費増税がそれ。

先頃、甘利経済再生担当大臣は東京都内で講演し、今年7月から9月GDP速報値について「民間の予測は、当初は4%台でたくましく回復するとされていたが、だんだん予測が下がってきて、最近では1%台になるのではないかと言われている」と指摘した上で、「数値が悪ければ『てこ入れ』は必要になる。消費がなぜ落ち込んでいるか調べると、所得が低いところと子育て世代の消費が相当落ち込んでいる。そこにピンポイントで対策を打ったほうがいい」と述べている。

特に、子育て世代なんかは、色々と物入りで需要が期待できる層であるはずなのに、そこの消費が落ち込んでいるというのは深刻な傾向だと思う。つまり、生きることや育てることにお金を選択集中させ、余計なものや贅沢品を買わなくなっていることを意味するから。

甘利大臣は、ピンポイントで対策を打ったほうがいいと、言っているけれど、具体的にピンポイントの対策とは一体何なのか。

本来、潜在的に需要を持っている筈の子育て世代が消費を絞っている現状があり、仮に彼らが、株や債券に投資していなかったとするならば、円安株高の恩恵には殆ど預かれない。むしろ、石油価格高騰による物価高、或いは消費増税による負担増のほうが相対的に大きくなる。メリットは少なく、デメリットが目立つようになる。

彼らにとって、金融緩和による"期待インフレ"は、逆に"将来への不安"となってしまう。

もしかしたら、政府のピンポイントの対策が、お決まりの「ナントカ振興券」といったものになるのかもしれないけれど、それで彼らの消費マインドが好転するとは思えない。

毎月2万3万を1年限定で貰えたとしても、使ったらそれで終わり。そういう期間限定ではなくて、恒久的に暮らしが楽なると思わせるものでなくてはいけない。それこそが"期待"によるマインドの好転だと思う。

当たり前のことだけれど、家計には収入と支出の2つしかない。アメリカのように庶民でも投資をバンバンしている国なら、株高による収入増が見込めるから、消費マインドの好転も期待できるけれど、日本のように投資をあまりしない庶民の立場では、収入が増える見込みがないからと支出を絞るようになるのは当然。それしか選択肢がない。

そんな状況で、"支出"ばかり増やす政策をしたら、益々マインドが冷えるだけ。だから、日本の場合は、家計の支出を減らすような政策の方がより効果があると思う。それには減税が一番いいし、それが無理ならば、原発稼働による電気代の安定または低減を図るべきだと思う。やはり消費増税は見送るのがベターという結論になる。

コメント

コメントフォーム
記事の評価
  • リセット
  • リセット