今日は、久々にちょっとだけ技術系のエントリーです。
この程、東京海洋大学の吉崎悟朗教授らが、クロマグロの生殖細胞をサバに移植する実験に成功したとの報道があった。これにより、今夏にも産卵して交配が可能になり、マグロの稚魚が誕生する見込みだという。要するに、サバにクロマグロを生ませるということ。
もう5年近く前になるのだけれど、筆者は、2010年4月のエントリー「サバからマグロが生まれる日」で、この技術について取り上げたことがある。
この画期的な技術も、ようやく実用化が目の前に近づいてきた。
マグロは卵が大人になるまでに5年くらいかかる上に、体重約100キロ以上と魚体が大きく飼育が大掛かりになるのだけれど、サバは大人になるのに1年くらいで済み、体重も300グラムくらいで大きくない。そんなサバがマグロの卵を産むとなれば、とても効率的にマグロの卵を採取できるようになるから、最近、近畿大学が成功したマグロの完全養殖にも大きな手助けになる。
今回はクロマグロの生殖細胞をサバに移植することに成功したということなのだけれど、卵や精子を作り出す生殖腺の中には、精子や卵の元になる幹細胞がある。これを始原生殖細胞というのだけれど、孵化直前または直後の仔魚だけが持ち、雌では卵原細胞・卵母細胞を経て卵子に分化し、雄では精原細胞・精母細胞・精細胞を経て精子に分化する。
この始原生殖細胞を免疫機能が未発達の稚魚の腹腔に移植すると、その一部が生殖腺に入って定着する。サバの生殖腺にマグロの始原生殖細胞が組み込むことができれば、サバがマグロの卵や精子をどんどん複製して生産するという仕組み。
ただ、単純に始原生殖細胞を組み込んだだけでは、サバは1000個に1個の割合でしかマグロの卵や精子を作ってくれないから、実際は、染色体の数を2組から3組に変更した「3倍体」という不妊処理をした魚を使う。「3倍体」の魚を使うことで通常の何倍ものマグロの卵や精子を作ることが可能なのだそうだ。
サバにマグロを生ませる研究の前段階として行われた、ヤマメにニジマスを生ませる実験では、3倍体のヤマメの稚魚に通常のニジマスの精原細胞を移植することで、3倍体のヤマメの両親からニジマスだけを生産させることに成功している。
だけど、この素晴らしい技術が生まれた背景には、いくつもの"幸運"があった。
イクラとタラコの一粒の大きさの違いをみれば分かるように、通常、サバのような海水魚は、ヤマメなどの淡水魚と比べて、卵が非常に小さい。
マグロの受精卵は直径約1mmの球形で、約32時間で全長約3mmの仔魚が孵化するのだけれど、あまりにも小さすぎて、始原生殖細胞を採取するのが非常に困難。しかも、始原生殖細胞は一匹あたり50~100個しかなく、それが卵や仔魚のどこにあるかも分からない。
吉崎教授は、偶然読んだ論文からヒントを得て、緑色蛍光タンパク(GFP)を利用することで、始原生殖細胞をマーキングすることに成功する。
だけど、マーキングに成功できたとはいえ、1mmの卵や3mmの仔魚から50~100個しか取れない始原生殖細胞は採取困難な"超貴重品"。ゆえに始原生殖細胞の移植は、失敗が許されない貴重な実験だった。
ところが、なんとしたことか吉崎教授の研究助手の学生が不器用で、稚魚に始原生殖細胞の注射するのを失敗してばかり。見かねた吉崎教授は、将来的に精子にしかならないけれど、大量に採取が可能な精原細胞を使って練習させる。
元々の研究では、10個程度の始原生殖細胞を稚魚に移植するというものだったから、精原細胞を使った練習でも、10個程度を注射しようと思うのが普通。ところが、この学生君はあろうことか、精原細胞を1万個、2万個という単位で移植していた。
当然、実験は失敗に終わると思いきや、大量に入れた精原細胞の一部が勝手に精巣に移動して、精子を作った。卵巣や精巣に直接ではなく、腹腔に入れるだけで生殖細胞の移植ができる技術は、偶然の産物だった。
ところが話はこれで終わらない。精原細胞は精子になる細胞だから、雄に注射する以外は意味がない。だけど、小さな稚魚の雄雌なんて容易に分からないから、精原細胞の注射は雄雌関係なく行っていた。
この時、精子にしかならないと考えられていた精原細胞が雌に注入されると、卵巣内で、卵になることが発見された。これは、これまでの常識を覆す大発見で、これにより、わざわざ貴重な始原生殖細胞を使わなくても、精原細胞で移植可能となった。
サバにクロマグロを生ませる技術の裏には、こうした幸運が隠されていた。
絶滅危惧種に指定されたクロマグロ。サバがクロマグロの絶滅を救う日は近い。
コメント
コメント一覧 (1)
白川先生のポリアセチレンの話(2000年度ノーベル化学賞)を思い起こします。
結局は、そうやった大胆さの後に、予期しないことが起こったことに気がつき、その原因を究明する繊細さが必要で、大胆と繊細の異なる二つの要素が同じ時間と空間に存在することが鍵なのでしょう。
こういう偶然の重なりをものにする。素晴らしいです。
kotobukibune_bo
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がしました