今日はこの話題です。
1.セルロースナノファイバー量産化
先日、製紙各社がセルロースナノファイバーを量産すると報じられ、一部で話題になっているようですね。
セルロースナノファイバーについては、2012年3月のエントリー「新型ipadと透きとおる紙」で取り上げたことがありますけれども、ガラス繊維と同じくらい伸び縮みしない上に、ガラス繊維より硬くて丈夫という優れた素材なんですね。
日本製紙は、2013年10月、岩国工場に年間生産能力は30トン以上となるセルロースナノファイバー生産設備を設置していますし、中越パルプ工業も17年度にセルロースナノファイバーの生産能力を10倍に引き上げるとしています。
まぁ、それでも年間の国内製紙生産量は3000万トンくらいですから、製紙会社上位10社が全て年間生産量を30トン程度にまで引き上げたとしても、合計300トンで、0.001%程度にしかなりません。ですから、今すぐ、全ての紙がセルロースナノファイバー紙になることはないでしょうね。
セルロースナノファイバーは、植物繊維(パルプ)から作るセルロース繊維を数十から100ナノメートル程度に解してやることで作られるのですけれども、この繊維を解す工程で、如何に効率よく均一の繊維に解せるかがポイントで、そのための技術開発を各社で進めているようです。
今のところ、セルロースナノファイバーは、木材パルプから作るのが主流のようですけれども、最近は、環境問題への関心の高まりから森林保護が叫ばれ、今後ずっと木材パルプから紙が作れるとも限りません。実際に、最近は再生古紙やサトウキビやケナフといった、木材以外から作る紙も出てきています。
同様に、セルロースナノファイバーについても、原理的にはセルロース系の植物繊維であれば何でもよく、パルプ以外の材料からもセルロースナノファイバーを作ることができるのですね。
例えば、木粉や稲藁、ポテトパルプからセルロースナノファイバーを作る研究も行われているようです。この中のポテトパルプというのは、ジャガイモからデンプンを製造する工程で発生する残渣のことなのですけれども、あまり十分に活用されていないそうですから、これらからセルロースナノファイバーが上手く取り出せるのなら、随分と助かる筈ですね。
次の図は、木粉や稲藁、ポテトパルプの繊維をグラインダーという回転する砥石間でパルプを磨砕する方法でセルロースナノファイバーを得る処理をしたときの各々の繊維の解繊具合を観察したものなのですけれども、既存のパルプを一回グラインダーに掛けただけでは、全部を解くことはできず、解いた繊維の大きさ(径)は15-100nm と不均一になっています。
これに対して、木粉の場合は乾燥させずにグラインダーに掛けることによって、一度の処理で約15nm径の均一なセルロースナノファイバーが得られる結果となっています。
同様に稲藁やポテトパルプからも木粉とは、多少大きさ(径)は違うものの均一なセルロースナノファイバーが得られるそうです。
また、これら木材以外から作られたセルロースナノファイバーも強度は木材由来のセルロースナノファイバーと比べても何の遜色もないそうです。
ですから、これら木材以外からのセルロースナノファイバーも量産に持っていくことができれば、年間生産量も飛躍的に上がるかもしれません。
2.人間の力は0.1%
このように注目を集めるセルロースナノファイバーですけれども、これを開発したのは、京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授です。
矢野教授は元々医学部志望で、現在の林産系の分野は「第7志望」だったのだそうです。矢野教授は、京都大学入学後、徐々に木材に興味を持ち始め、大学院に進む際、現在の生存圏研究所の前身となる研究所に入り、化学修飾により木材を処理することで楽器の音色を変える研究を行いました。
矢野教授は、28歳頃、楽器の音の反響が良くないのは繊維がバラバラだからだと考え、植物繊維をきれいに継ぎ合わせる技術を開発し、それにより、繊維の揃った高品質の木を作り、それでバイオリンを製作したところ、とんでもなく高音質のバイオリンが出来上がりました。当時、その音色は、ストラディバリウス並みと評価され評判になったようです。
ところが、その数年後あたりから、矢野教授は「自分は一生この研究を続けていて良いのだろうか」と悩み始めます。「本当のところ、木はどのようになりたくて育っているのか」と根本的な自問を繰り返す時期がしばらく続きました。そして、37歳になった頃のある台風の日、暴風の中、3Fの窓からふと外を見ると、ヒマラヤ杉が、しなやかに撓んで台風による強風を受け流し、懸命に身をを守っている姿をみて、矢野教授は「ああ、木は強くなりたかったんだ」と思ったのだそうです。
それから矢野教授は、"ひたすら強くなりたかった木の思い"や特質を汲み取り、それを生かした材料を作ろう、という新たな研究テーマに取り組みました。矢野教授は木材繊維の強度に着目し、木に樹脂を配合させて、材料の強度を高くしようとしました。ところが期待しているほど、木は強くなってくれない。計算した強度の半分くらいの力で折れてしまったそうです。
矢野教授は、試行錯誤の後、乾燥した木材では、細胞の繋ぎ目や横方向の組織が力に弱く、構造的欠陥になっていることに気づき、それを改善しようと取組みます。その答えが、細胞同士で作る構造そのものを崩してしまうことでした。
当時、製紙用パルプをナノスケールまで解きほぐした「セリッシュ」という製品が市販されていたのですけれども、矢野教授はセリッシュに樹脂を混ぜて、乾燥させたのち圧縮形成し、更に、シート化したセリッシュを乾燥させた後に樹脂を染み込ませ、それを重ねて熱圧することで、鋼鉄の強度である400MPaを超えるセルロースナノファイバーを開発しました。
台風で撓むヒマラヤ杉の姿をみて「木は強くなりたかったんだ」と思う感性も凄いと思うのですけれども、乾燥木材の構造的欠陥を改善するために、繊維をバラバラにしてから組み直せばいいと発想できたのも、その前に木材繊維を揃えて繋ぎ合わせたバイオリンを作るという下地ともいえる研究と経験があったからこそではないかとも思うんですね。
「天が導いた山中教授のノーベル賞」でも述べましたけれども、iPS細胞の山中教授といい、セルロースナノファイバーの矢野教授といい、画期的な発明をする人には、それを発明・開発するために、予め天の差配が為されている気さえします。
セルロースナノファイバーの可能性は広い。今後楽しみですね。
お知らせ
既にお気づきかと思いますけれども、CSSの勉強を兼ねて、日比野庵のトップページデザインを少しだけマイナーチェンジしました。本当は、まだ手を加えたいところが多々あるのですけれども欲をいえばキリがありません。まぁ、今の管理人のキャパではこれくらいが妥当かもしれませんね。ともあれ、今後とも御愛顧の程、よろしくお願いいたします。
1.セルロースナノファイバー量産化
先日、製紙各社がセルロースナノファイバーを量産すると報じられ、一部で話題になっているようですね。
セルロースナノファイバーについては、2012年3月のエントリー「新型ipadと透きとおる紙」で取り上げたことがありますけれども、ガラス繊維と同じくらい伸び縮みしない上に、ガラス繊維より硬くて丈夫という優れた素材なんですね。
日本製紙は、2013年10月、岩国工場に年間生産能力は30トン以上となるセルロースナノファイバー生産設備を設置していますし、中越パルプ工業も17年度にセルロースナノファイバーの生産能力を10倍に引き上げるとしています。
まぁ、それでも年間の国内製紙生産量は3000万トンくらいですから、製紙会社上位10社が全て年間生産量を30トン程度にまで引き上げたとしても、合計300トンで、0.001%程度にしかなりません。ですから、今すぐ、全ての紙がセルロースナノファイバー紙になることはないでしょうね。
セルロースナノファイバーは、植物繊維(パルプ)から作るセルロース繊維を数十から100ナノメートル程度に解してやることで作られるのですけれども、この繊維を解す工程で、如何に効率よく均一の繊維に解せるかがポイントで、そのための技術開発を各社で進めているようです。
今のところ、セルロースナノファイバーは、木材パルプから作るのが主流のようですけれども、最近は、環境問題への関心の高まりから森林保護が叫ばれ、今後ずっと木材パルプから紙が作れるとも限りません。実際に、最近は再生古紙やサトウキビやケナフといった、木材以外から作る紙も出てきています。
同様に、セルロースナノファイバーについても、原理的にはセルロース系の植物繊維であれば何でもよく、パルプ以外の材料からもセルロースナノファイバーを作ることができるのですね。
例えば、木粉や稲藁、ポテトパルプからセルロースナノファイバーを作る研究も行われているようです。この中のポテトパルプというのは、ジャガイモからデンプンを製造する工程で発生する残渣のことなのですけれども、あまり十分に活用されていないそうですから、これらからセルロースナノファイバーが上手く取り出せるのなら、随分と助かる筈ですね。
次の図は、木粉や稲藁、ポテトパルプの繊維をグラインダーという回転する砥石間でパルプを磨砕する方法でセルロースナノファイバーを得る処理をしたときの各々の繊維の解繊具合を観察したものなのですけれども、既存のパルプを一回グラインダーに掛けただけでは、全部を解くことはできず、解いた繊維の大きさ(径)は15-100nm と不均一になっています。
これに対して、木粉の場合は乾燥させずにグラインダーに掛けることによって、一度の処理で約15nm径の均一なセルロースナノファイバーが得られる結果となっています。
同様に稲藁やポテトパルプからも木粉とは、多少大きさ(径)は違うものの均一なセルロースナノファイバーが得られるそうです。
また、これら木材以外から作られたセルロースナノファイバーも強度は木材由来のセルロースナノファイバーと比べても何の遜色もないそうです。
ですから、これら木材以外からのセルロースナノファイバーも量産に持っていくことができれば、年間生産量も飛躍的に上がるかもしれません。
2.人間の力は0.1%
このように注目を集めるセルロースナノファイバーですけれども、これを開発したのは、京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授です。
矢野教授は元々医学部志望で、現在の林産系の分野は「第7志望」だったのだそうです。矢野教授は、京都大学入学後、徐々に木材に興味を持ち始め、大学院に進む際、現在の生存圏研究所の前身となる研究所に入り、化学修飾により木材を処理することで楽器の音色を変える研究を行いました。
矢野教授は、28歳頃、楽器の音の反響が良くないのは繊維がバラバラだからだと考え、植物繊維をきれいに継ぎ合わせる技術を開発し、それにより、繊維の揃った高品質の木を作り、それでバイオリンを製作したところ、とんでもなく高音質のバイオリンが出来上がりました。当時、その音色は、ストラディバリウス並みと評価され評判になったようです。
ところが、その数年後あたりから、矢野教授は「自分は一生この研究を続けていて良いのだろうか」と悩み始めます。「本当のところ、木はどのようになりたくて育っているのか」と根本的な自問を繰り返す時期がしばらく続きました。そして、37歳になった頃のある台風の日、暴風の中、3Fの窓からふと外を見ると、ヒマラヤ杉が、しなやかに撓んで台風による強風を受け流し、懸命に身をを守っている姿をみて、矢野教授は「ああ、木は強くなりたかったんだ」と思ったのだそうです。
それから矢野教授は、"ひたすら強くなりたかった木の思い"や特質を汲み取り、それを生かした材料を作ろう、という新たな研究テーマに取り組みました。矢野教授は木材繊維の強度に着目し、木に樹脂を配合させて、材料の強度を高くしようとしました。ところが期待しているほど、木は強くなってくれない。計算した強度の半分くらいの力で折れてしまったそうです。
矢野教授は、試行錯誤の後、乾燥した木材では、細胞の繋ぎ目や横方向の組織が力に弱く、構造的欠陥になっていることに気づき、それを改善しようと取組みます。その答えが、細胞同士で作る構造そのものを崩してしまうことでした。
当時、製紙用パルプをナノスケールまで解きほぐした「セリッシュ」という製品が市販されていたのですけれども、矢野教授はセリッシュに樹脂を混ぜて、乾燥させたのち圧縮形成し、更に、シート化したセリッシュを乾燥させた後に樹脂を染み込ませ、それを重ねて熱圧することで、鋼鉄の強度である400MPaを超えるセルロースナノファイバーを開発しました。
台風で撓むヒマラヤ杉の姿をみて「木は強くなりたかったんだ」と思う感性も凄いと思うのですけれども、乾燥木材の構造的欠陥を改善するために、繊維をバラバラにしてから組み直せばいいと発想できたのも、その前に木材繊維を揃えて繋ぎ合わせたバイオリンを作るという下地ともいえる研究と経験があったからこそではないかとも思うんですね。
「天が導いた山中教授のノーベル賞」でも述べましたけれども、iPS細胞の山中教授といい、セルロースナノファイバーの矢野教授といい、画期的な発明をする人には、それを発明・開発するために、予め天の差配が為されている気さえします。
セルロースナノファイバーの可能性は広い。今後楽しみですね。
「自然の力をどう借りるかが、基本的な考え方です。人が開発した炭素繊維や金属、セラミックスとはだいぶスタンスが異なると思います。 材料を作る過程のうち、一番大変なところである99.9%は植物が既にやってくれています。残りの0.1%を人間の知恵を一所懸命出すことで材料としての形に変えて行く。セルロースナノファイバーとはそういう素材です」
京都大学生存圏研究所・矢野浩之教授
お知らせ
既にお気づきかと思いますけれども、CSSの勉強を兼ねて、日比野庵のトップページデザインを少しだけマイナーチェンジしました。本当は、まだ手を加えたいところが多々あるのですけれども欲をいえばキリがありません。まぁ、今の管理人のキャパではこれくらいが妥当かもしれませんね。ともあれ、今後とも御愛顧の程、よろしくお願いいたします。
日比野拝
コメント
コメント一覧 (4)
サイエンスZERO 進化型バイオマス燃料 バイオコークス - 15.05.09
https://www.youtube.com/watch?v=HAIxDwYH1LE
kotobukibune_bo
t
がしました
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t
がしました
私がこちらのブログを知るきっかけになったのも科学技術系の記事でした。
確か中国が開発した深海探査船に関する記事で、あそこまで詳しく分かりやすい解説は他にありませんでした。
時々、科学技術系の記事またお願いいたします。
kotobukibune_bo
t
がしました
コメントありがとうございます。科学技術系の記事は下調べに物凄く時間がかかって仕上げるのにいつも苦労しています。深海調査船のエントリーとなると2012年6月ですから、もう3年も前の記事ですね。その頃からみていただいているとのこと、ありがとうございます。
科学技術系の記事は時間がないと中々なところもありますけれども、興味を失っているわけではありませんので、チャンスをみて時折エントリーしていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。
kotobukibune_bo
t
がしました