昨日のエントリーのコメント欄にて、opera様より、日本がハリネズミ国家を目指せる可能性についてのご質問がありましたので、今日はそのお返事を兼ねてのエントリーとしたいと思います。



まず、opera様のコメントを下記に引用させていただきます。
 単なるアナウンス効果ではなく、本気で開発し実用化して欲しいと、個人的には考えています。

 今後の(中国を元凶とする)東アジア情勢の緊張・混乱を考えると、本来なら日本は、軍事的に「いわゆる敵基地攻撃能力」はもちろん、原子力潜水艦と(報復型の戦術)核武装を真剣に考えなければならない段階になっていると思うのですが、国際的に与える影響や何より国内の情緒的反応を鑑みると、まともに議論すらできない状況なので、新兵器を開発して対抗する方がむしろ現実的ではないか、と夢想したりしていました。

 その一つに、小型原子力発電と組み合わせた地上配備型のレールガンで、これを尖閣諸島や小笠原諸島などの離島(無人島)に配備して、文字通り『ハリネズミ国家化』を目指すというのがあります。さらに、日本仕様に改造したイージスアショアを追加配備(さらに2ヶ所以上)し、衛星等と連動するシステムを構築できないか、と素人ながら思ったりしていました。

 これなら、仮に憲法改正が無くとも実現可能ですし、政治的なハードルはかなり低くなるような気がします。ただし、最低限、スパイ防止法の制定や緊縮財政路線の大幅な転換は必要になるでしょうが。

 こうした問題についての(とくに技術的な側面における)可能性・実効性を、日比野さんは、どうお考えでしょうか?


1.相互確証破壊を成立させるのは核兵器しかない

まず、opera様の御指摘する日本の核武装についてですけれども、真剣に考えなければならないというのは同意します。

ただ、それ以前になぜ核武装が取り沙汰されるのかというと、この議論の前提として「相互確証破壊」があると思うのですね。

相互確証破壊とは、1960年代の所謂米ソ冷戦時代に提唱された核抑止理論です。

核兵器を保有して対立する2ヶ国のどちらか一方が、相手に対し核兵器を使用した場合、もう一方の国が核による報復攻撃を行うことで、双方が必ず核兵器により完全に破壊し合うことを互いに確証する。この状態が成立した場合、核攻撃を相互に抑止することができるとする理論です。

平たく言えば、「報復攻撃で自分達にも核弾頭が降ってくる事を承知で核攻撃を命令できる国家首脳など存在しない」という理論です。

もう50年も前の理論ですけれども、当時の米ソが核兵器を主軸とした戦略体系を構築し、相互確証破壊を成立させた事で、世界中が安易に核兵器を使用できない国際情勢が成立しています。

北朝鮮が核ミサイルを開発することで、自国の安全を確保しようとしたことも正に同じ文脈ですね。北朝鮮の場合は、弾道ミサイルがアメリカに届くかどうかというギリギリのタイミングで、トランプ大統領が動き、米朝間の相互確証破壊の成立寸前でストップがかかったような状態であると認識しています。

さて、その相互確証破壊なのですけれども、成立には条件というか、前提があります。それは、仮想敵国の首脳に対する報復攻撃が確実に命中する、ということです。

相互確証破壊は報復攻撃で殺されるという、いわば刺し違えの論理による攻撃抑止ですから、100%刺し違えられてしまうと、仮想敵国の首脳に思わせられなければ意味がありません。

けれども、実際に戦争になった場合、国家首脳が的になるような場所でワインなど飲んでいる訳がなく、どこか安全な場所に非難する筈ですね。

となると、居場所が特定できない相手に確証破壊を成立させようとすると、手は一つしかありません。即ち相手国を完全に破壊して、鼠一匹生き残さないという方法です。

そして、これを現実に出来得る兵器となると、現時点では核兵器しかないのが現実です。広範囲かつ完全に破壊できる兵器でなければ達成できません。

しかし、それでも、対象となる仮想敵国の国土が広くなると、一発二発の核ミサイルでは足らず、大量に数を揃えないと国土全部の完全破壊には至りません。ゆえに理屈の上では、核兵器は地球丸ごと破壊できるまで保有しなければならないということになります。

実際にはそこまで核兵器を保有するのは中々難しく、そこまで手の届く国は米ソ、あるいは今の中国くらいしかありません。

いずれにしても、今現在も、「相互確証破壊」戦略は有効であり、その役目は核兵器しか担えないというのが、筆者の認識です。



2.先制攻撃の無力化しか手段のない日本

今現在も有効である核兵器による「相互確証破壊」ですけれども、国家の安全保障にとってみれば、この「相互確証破壊」状態を壊し、「一方的な確証破壊」に持っていくことができれば、より安全確実ということになります。自分は殴られることなく、相手を殴ることができるという状態です。

北朝鮮の核ミサイルはワシントンに届かないけれども、アメリカの核ミサイルは平壌のみならず、北朝鮮全土を攻撃できる、丁度今の状態がそれに当たります。

つまり、核戦略とは、相互確証破壊を成立させる動きとそれを阻止する動きとのせめぎ合いだとも言える訳です。

核武装できない日本についていえば、相互確証破壊はアメリカの核の傘によって確保しつつ、仮想敵国からの先制核攻撃を無効化していく戦略が現時点の基本ラインといえます。

日本は中朝或いはロシアといった仮想敵国と距離が近く、また国土も縦深ではないので、核ミサイルが届かず、首脳が逃げられるという場所は存在しません。つまり、仮想敵国から先制核攻撃されたら、回避できないという地政学的条件下にあります。

相互確証破壊は、攻撃されても、報復攻撃能力を持っていることが大前提にありますから、その意味では、日本がアメリカの核の傘によって相互確証破壊状況を保持しているというのは、日本が焦土となって全滅しても、アメリカが報復攻撃をしてくれる筈だという"期待"によるものでしかないともいえる訳です。

そうした前提で、相互確証破壊、或いは一方的確証破壊能力を得るためには大きく以下の方法があると思います。

A) 仮想敵国から先制攻撃を受けても、確実に報復できる能力を持つ
B) 仮想敵国からの先制攻撃を無効化する

Aは相互確証破壊能力を持つ条件で、Bは一方的確証破壊能力を持つ条件に当たります。

Aの報復能力を持つというのは、要するに、仮想敵国からの先制攻撃によっても反撃能力が失われないということです。代表的な方法としては、「一度に全滅させられないだけの数を揃える」とか「報復兵器の場所を固定しないまたは隠匿する」があります。

前者は核ミサイルの大量保有ですし、後者は移動式発射台を保有する、あるいは潜水艦への核ミサイル搭載が当たります。北朝鮮がやっているのが正にこの後者に当たりますね。

日本は憲法上の制約、あるいは、opera様の指摘するように"国内の情緒的反応"によって、Aの手段の保有は事実上不可能に近い状態にあります。この部分はアメリカに受け持って貰うしかないというのが現状です。

となると、現実的に日本が取れる手段はBを主軸としたものにならざるを得ません。

では、Bの先制攻撃の無力化についてですけれども、主に以下の方法があると思います。

�@)相手の核ミサイル攻撃を全て撃ち落とす
�A)相手が先制攻撃する前に破壊する

�@は日本がアメリカと共同で進めているMD計画がそうですし、�Aは敵基地攻撃能力がそれに該当します。

けれども、今の日本を鑑みると、�@の手段を強化しつつ、�Aを持てるのかどうかを議論しようとしている段階にしか過ぎません。安全保障の初歩の初歩ですね。

しかもその唯一保有する�@のMD計画すら、敵国からの弾道弾を100%破壊できる保証はありません。心許ないにも程があります。


3.レールガンでは、弾道弾は撃ち落とせない

では、opera様の指摘する「小型原子力発電と組み合わせた地上配備型のレールガン」が実現、配備されるとして、どういう位置づけになるかなのですけれども、核弾頭の破壊にはあまり向かないだろうと思います。

レールガンは砲弾の一種に分類されると思いますけれども、目標物を破壊するのに必要な要素は何かを考えると大きく次の3つがあるのではないかと思います。

・火力
・射程
・命中精度

火力はその名の通り、命中時の破壊力です。最低限必要な火力がなければ目標物の破壊には至りません。射程も目標物に届かなければ意味がありませんから、これも必要です。また命中精度も大きな要素ですね。相手の重要施設なり兵器なりに命中させることが出来なければ、確証破壊にはなりません。どこかの"赤い彗星"ではないですけれども、「当たらなければどうということはない」です。

これら三つの要素についてレールガンを考えてみます。

まず、火力ですけれども、運動エネルギーだけでみると、その威力は弾の質量と弾速の自乗を掛け合わせたものになります。レールガンの弾速は、従来の火砲と比べてずっと速く、しかも自乗で効きますから、速度による火力の増大効果は十分にあると思います。

現在、アメリカ海軍が開発しているレールガンの弾着時の速度はマッハ5を想定しているそうなのですけれども、これは陸自の主力戦車である90式戦車の徹甲弾(APFSDS)の初速に相当しますから、その程度の貫通力はあると思われます。

射程については、昨日のエントリーで取り上げましたから、割愛させていただきますけれども、従来の艦砲よりもずっと長く、巡航ミサイル並にあります。

そして、最後に命中精度なのですけれども、巡航ミサイルと比較すると、大きく劣る点があります。それは弾頭を誘導できない、ということです。

誘導弾は、誘導信号を受信する仕組みは勿論のこと、弾の方向を変えるために弾に小さな羽根を付けています。

それに対して、レールガンはその原理上、射出時に弾に大電流を流すため、弾が部分的にプラズマ化します。砲身から射出された弾はその直後にプラズマの大部分を飛散させ、弾から外殻の一部を喪失させます。

従って、レールガンの砲弾に羽根をつけても、射出後に失ってしまい誘導性能を持たせるのが非常に困難になるという問題があります。要は撃ちっぱなしだということです。
※一説にはレールガン弾用の誘導装置の開発が進んでいるという話もあるようですけれども、真偽不明のため今の所除外して考えます。

畢竟、ミサイルのような高速で移動する目標物に当てるのは難しく、更に連射も利かないことから、レールガンは対空兵器というよりは、対地、対艦兵器として威力を発揮するのではないかと思います。

ただ、対地兵器として考えた場合、日本の国土から島嶼部に配備したとしても、射程200kmでは、狙える範囲は少ない。與邦国島に配備したとしても、大陸沿岸部に届くかどうか、といったところです。

また、対艦兵器として見た場合は、プラズマ化に耐えられるかを別にしても、弾頭の大きさや、重量の制約から従来砲より遥かに大きな火力を持てるかどうかについて少し疑問があります。但し、射程が従来砲よりもずっと長いことと、弾速と弾頭の小ささを考えると、回避するのは非常に困難と思われますから、直接照準射撃による牽制攻撃には大きな威力を発揮すると思います。

そして、地上配備と小型原発、蓄電設備との組み合わせによって連射能力の問題が解決できれば、相手艦船の射程外からの連続砲撃による面制圧で近づかせないという方法も取れるかもしれませんね。

更に、レールガンは、誘導ミサイル程の使い勝手はないものの、ミサイルと比べれば圧倒的に安く上がりますからコスト面では有利になると思います。

ミサイルは本数に限りがありますし、数による飽和攻撃には弱いですからね。それを補完する意味では、島嶼部へのレールガン部隊の配備はアリではないかと思いますね。
 

コメント

 コメント一覧 (1)

    • 1. opera
    • 2018年08月12日 12:20
    •  ICBMについては、現在日米共同開発中のSM-3ブロックIIA等の迎撃ミサイルシステム(及びSLBM配備)の方が実効性があるのは、その通りだと思います。
       また、相互確証破壊といっても、国民を無視できる中朝型の独裁国家と民主国家では、政治的に非対称な関係にあるのも確かです(アメリカは、西海岸どころか、グアム・ハワイを狙われただけでも、政治的に大きなダメージを受けます)。
       ただ、とくに中国との中長期的な緊張関係を考えると、大量の偽装漁船による離島侵略、巡航ミサイル他の比較的低空を飛ぶミサイルの飽和攻撃、通常の戦闘機・爆撃機、そして、中国軍は海空の実戦経験が乏しく、一人っ子政策影響や歴史的な理由で、対外的に極めて弱い軍である事を自覚しているため、将来的にAIの利用や無人化による無人機やドローンの大量使用が考えられるので、それには(サイバー攻撃を前提としつつ)レールガンが効果的ではないか、と考えたりしていました。
       また、レールガンの開発自体は、宇宙空間での使用を想定したものとはいえ、日本の方が早く、かつ初速・射程も遥かに上回っていたことを考えると、アメリカのような艦上配備の制約がなければ、射程や連射速度を飛躍的に向上できるのでは?と期待したくなってしまいます。
       詳しくは述べませんが、近年の日本の防衛力整備計画は、素人ながらよく考えられた現実的なものという印象を受けますが、いかんせん規模が小さくスピードが遅いのが難点です。
       日本は、日露戦争はもちろん、先の大戦でも、初期の空母機動艦隊や新型魚雷の使用等、しばしば新兵器・新システムを導入することで、世界的な戦史を塗り替えてきました。それを思い出し、万全を尽くして欲しいと思っています(その意義を一番理解していないのも、日本自身だと言えますが)。
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